【2022年】あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。(o^―^o)ニコ

 

大晦日は、昼食にお寿司を食べただけでした。

年越しそばも食べずに、そうそうに寝てしまいました。

 

睡眠不足だったので、

しっかり1年の疲れを取ろうと思って早く寝たんです。

その甲斐あって、新年を迎える朝は快調です♪

 

やっぱり睡眠は大切だなと実感しました。

 

去年は、たくさんの目標がありました。

全て達成できました。

 

達成出来た理由ですが、

まあ、インチキみたいな話ですが、

「達成出来る小さな目標を掲げた」ってことなんです。

 

出来ない目標を掲げて挫折するくらいなら?

「出来る目標を掲げて達成させ自己肯定感を強めた方が建設的」

だと思ったんです。

 

小さな目標を達成すると「自信」がつきます。

その自信が、さらなる向上心に繋がると思います。

 

そうやって、

小さな目標をたくさん達成して行きました。

 

小さな達成が、

僕にとっては大きな収穫になりスキルUP出来たと思う。

 

というか、

僕はせっかちな性格というか、

「思い立ったが吉日」な性格で、

コレだ!と思ったら実践しています。

それで、多くの知識と技術が身に付いたりします。

 

だから、目標という目標を掲げなくても、

多分、興味のあることなら達成出来ると思う。

 

小さな目標を達成してきていて、

「達成グセ」が身に付いていると思うんです。

 

達成グセというのは、

物事を最後までやり通すコツのようなものです。

 

そういったクセが付いているから、

今後、何かをする時にも達成しやすいんです。

 

何か新しいことにチャレンジする時には障害が付きものです。

やれ、「そんなの君には無理でしょ!」と言われ、

「くだらないことをやるんだな!」とののしられたり。

 

他人から足を引っ張る言葉をかけられ、

やる気に水を差されて、チャレンジを止めてしまう人も少なくない。

 

僕の場合にも、多くの人からの反対などがありました。

しかし、他人の言葉を無視し、自分の目標だけを見ました。

そして達成してきました。

 

自分の目標なんですからね。

 

他人の言葉に振り回せれていたら?

目標なんて達成できないんです。

 

それに、他人は無神経なんです。

Aさんは、Aさん自身が出来ないので、

チャレンジする人をみて、

「そんなの無理でしょ!」というのです。

 

Aさんが出来ないことでも、

チャレンジする人には出来る可能性があるかもしれないですよね。

 

だから、僕は言うんです。

他人から水を差すようなことを言われた場合は、

「あなたには無理かもしれないけど、俺には出来るかもしれないでしょ?」

「やってみないとわからないでしょ?」

 

日本人には、

「否定から入る人」が多いです。

 

人と会話をしていて、

「それはダメでしょ!」「そんなの無理でしょ!」と。

 

それは、その人の基準であって、相手の基準ではないんです。

自分が出来ないからといって、他人も出来ないと決めつけているのです。

 

そうなんです、自分が相手よりも優れていると思っているんです。

相手より優れていると思っているから、

自分よりも凄い事をやろうとする人に、水を差して来るんです。

 

自分よりも、相手が凄い事を達成したら?

くやしいんです。

 

くやしいから、あえて水を差すことを言うのです。

足を引っ張るんです。

 

相手よりも自分の方が上だと思いたいんです。

 

そういう人の多くは、

「コンプレックス」を抱えていたりします。

また、強烈な「劣等感」を感じているんです。

 

そのコンプレックスや、劣等感が、

その人の心を腐らせているのでしょうね。

 

コンプレックスや劣等感は、誰もが持っているものです。

 

コンプレックスや、劣等感をバネにする人も多いです。

 

コンプレックスや、劣等感を凶器にする人も多いです。

 

僕は交通事故で歩けない体になった。

世間の人達と、自分を比較した時に劣等感を感じました。

なさけなくて、生きているのが辛かったです。

 

憐れみの目で見られ、

事あるごとに「がんばって!」と言われる。

 

「何をがんばるんだ?」と腹が立ったものです。

 

今では、僕の心と体が元気になっていますので、

誰からも「がんばって!」とは言われません。

 

いえいえ、逆に、

「私も高瀬さんみたいに頑張らないとな・・・」と言われます。

 

僕は劣等感をバネに出来たんです。

劣等感を感じて悔しかった。

悔しかったから、筋トレを始めました。

 

健常者の方々でも難しいくて出来ないような技をマスターしました。

僕が筋トレをやっている姿を見て、

誰も「かわいそう」だと思わないみたいです。

 

 

僕はもう、劣等感を感じることは少ないです。

もし、劣等感を感じたとしても、劣等感をバネにします。

 

劣等感は、誰もが持っている感情で、

その感情のコントロールの仕方次第で良くも悪くもなる。

 

劣等感を感じて、相手に嫌がらせをする輩も多い。

 

逆に、

劣等感を感じて、悔しさをバネにしてスキルUPする賢者も多い。

 

劣等感を感じて、どちらを選択するか?

それで、未来が変わると思います。

 

劣等感を感じて、

他人に皮肉ばかり言う人と関わらないことです。

 

否定から入る人、

「そんなの無理でしょ!」と決めつける人とも関わらないことです。

 

言葉は悪いですが、

「バカは伝染する」と言われていますからね。

 

どうせなら?

賢者と関わっている方が建設的です。

賢者の生活習慣を盗んで自分の生活習慣に取り込むんです。

 

 

そんなこんなで、

今年はね、目標という目標がないんです。

 

人生の、大きな目標はあります。

僕が55歳から60歳になるまでに、やりたいことがある。

その5年間を、「人生の集大成」にしたいと思っています。

そのために、今、コツコツと準備をしています。

 

僕は、それほど長生きは出来ないと思うので、

その5年間を楽しんでみたいと思っています。

出来る事なら、60歳くらいで他界したいと思う。

 

体が元気なうちに、他界したいんです。

 

変な言い方に聞こえるかもしれませんが、

完全介護されてまで生きたいと思わないんです。

 

自分で車椅子に乗り降り出来なくなったら?

もう、そこで他界したいなって。

 

今、僕は持病があって通院しています。

通院先の病院では、多くの患者が死んで行く。

自分の将来の姿を、まざまざと見ています。

 

親切な介護をしてくれる人もいれば、

乱暴な介護をする人もいるでしょう。

 

僕は、簡単に「他界」という言葉を使いますが、

もう、死が怖くないんです。

というもの、

病気を発症した時に心臓が停止したんです。

 

1度、死を経験しているんです。

心臓が止まる寸前まで意識があって、

呼吸ができなくて「窒息」して心臓が止まったんです。

 

息ができなくなって、1分ほどでしょうか。

それはそれは、苦しくて仕方がなかったです。

 

もうダメだなと思って、体の力を抜いたら目の前が真っ暗になりました。

 

もうダメだなと思った時、

「しかたがないな」と心の中でつぶやきました。

 

その時の僕には、心残りになるようなものはなかった。

この世に何の未練もなかった。

だから、死への不安もありませんでした。

 

また、死んだら「新しい世界」へ行けるんだなという、

変な安堵感がありました。

 

車椅子で生活するのは、正直言ってしんどかったです。

だから、「やっと楽になれるんだ」という気持ちがあったと思う。

 

心臓が止まるまでは、息が出来なくて苦しかったけど、

心臓が止まる時の痛みなどはありませんでした。

 

心臓が止まって、目の前が真っ暗になったけです。

 

そんなことで、

死を経験しているので、それほど死への恐怖はないんです。

また、死ねば、車イス生活から解放されて楽になりますから。

通院生活からも解放されますから。

 

だから、55歳から60歳までを、

僕がやりたかった事をやる。

そして、その5年を楽しんでこの世を去りたいなって。

 

またまた変な言い方になりますが、

この世の未練が無くなったとき?

初めて、心に余裕を持った生活が送れるような気がします。

 

僕には、この世の未練があったと思う。

その未練があったからこそ、生きて来れたかも。

 

その未練とは?

やはり「愛しい人」ですね。

 

愛しい人に会えることが、僕の生き甲斐だったかも。

 

まあでも、その愛しい人は、僕を嫌っているようです。

なんだか空しいですが。

 

最近は、かなり嫌われていると実感するので、

僕の生き甲斐ではなくなっています。

もう、この世に未練がなくなってきています。

 

55歳からの生活だけに目を向けようと思います。

 

そして、今年も楽しい事に全力を尽くして行こうと思います。

本当に、この体で生きているのがしんどい。

だから、楽しいことを見つけているんです。

 

楽しいことをやっていると、しんどいとは感じませんからね。

楽しいことをやって、しんどさを誤魔化す。

やりたい事をやって、人生を終わらせる。

 

そして、死後に「新しい世界」へ向かう。

 

死後の世界については解りません。

ただ言えることは、死んだらこの世界から消える。

 

肉体が朽ち果てても、霊は残ると思います。

その霊が、新しい世界へと向かうのだと思います。

新しい世界は、死んでからのお楽しみということで。

 

支離滅裂な文章になりました。

なんだか、言いたい事が言えてスッキリした。

 

 

どうぞ、今年もよろしくお願いします。