「生きること」について。

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僕には人生の目標があります。

目標に向かって、その日その日の「課題」に取り組んでいます。

 

昨日の出来事は、もう過去です。

過去には戻れませんし、過去は変えられません。

僕の過去に、どんなことがあったのか? 僕にしか解らないことがある。

過去に囚われ過ぎてしまうと前に進めなくなる。

 

過去を事実と受け止めて、過去の経験とする。

その過去の経験を、今の暮らしに活かせば良いと思う。

 

そして、ひたすら目標に向かって邁進する。

 

僕には人生の目標がある。

だから、生きている。

 

いや、生かされているのでしょうね。

 

僕は20歳の時にオートバイの事故で歩けない体になった。

32歳の時には、栄養失調が原因で両足を失った。

45歳になって慢性腎不全になり人工透析に通っている。

 

また、踏んだり蹴ったりな人生だった。

両親が離婚をし、社会に嫌気がさして非行に走り、

やっと生き甲斐を見つけたと思ったら歩けない体になる。

 

それでも、歯を食いしばって仕事をし、結婚までして社会復帰をした。

しかし、親と同じように離婚をした。

人間不信になって10年間も引きこもり生活をしてきた。

 

今、僕の肉体はボロボロだ。

よく、こんな体で生きているな?って、感心している。

 

朝、起きた時、

「もう、死んでたらいいのにな。」って。

そんなことを願う日も多かった。

 

でも、僕は生きている。

いえ、僕は生かされているようです。

 

僕には、目標があって人生の課題がある。

僕自身を洗練し、死後、新しい世界へ行く。

 

慌てて死ぬことはない。

せめて、自分の人生の目標を達成してからでも遅くない。

いえいえ、死を選択する前に、

 

自分が生まれて来た目的を知り、

死後、

自分がどこへ行ってしまうのかを知ることが大切だと思う。

 

人生感は、色んな人生感があって当然です。

十人十色ですからね。

 

僕は、歴史をさかのぼっていくと、「聖書」という書物と出会った。

僕が、この世界に存在する理由が、聖書の最初のページに書かれている。

 

「初めに、神が天と地を創造した。」 創世記1章1節

 

これが、僕の人生感です。